病院紹介


院長就任あいさつ

2018年6月より院長に就任いたしました。
2013年4月より出雲市立総合医療センター、2017年6月からは小林病院副院長として勤務して参りました。消化器、肝臓疾患領域の専門医として研鑚を積んだ後、総合内科専門医も取得しました。これからは高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病から循環器・呼吸器・脳神経疾患、さらにリウマチ疾患など幅広い領域の診察ができる"かかりつけ医"として皆様のお役に立ちたいと思います。
2017年には最新の内視鏡、超音波機器を導入し、より苦痛の少ない鼻からの胃カメラを積極的に行い腹部超音波検査も随時検査可能です。胃カメラが苦手な方も一度ご相談ください。
 そして、外来ではしまね医療情報ネットワーク(まめネット)を利用し、近隣病院の専門医と連携して診療に当たります。従来通り、健診・ドックも実施し生活習慣病の早期発見・治療に努めてまいります。
 当院は医療療養型病床を持ち、主に島根県立中央病院、島根大学医学部附属病院から長期療養が必要な患者様を紹介して頂いております。将来の地域医療構想では慢性期病床数の削減の方針が打ち出されていますが、出雲地域の急性期病院の退院療養先として当院のニーズは高く、その役割は今後も重要と考えております。また、地域包括ケアシステムが推進され地域の在宅・往診医との連携も大切になります。将来的には急性期病院のみでなく在宅医療の後方支援病院の役割も果たせればと思っております。
 当院のモットーである"思いやりの心"を忘れず職員一同外来、入院診療に努めます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
   
   

診療について

内科
・外来診療


・入院診療(医療型療養病床48床)

 



医師


理事長 
名誉院長
小林 祥泰(神経専門医、総合内科専門医、漢方専門医)
  略歴
1993年(平成5年)11月 島根医科大学内科学講座第三・教授
2005年(平成17年)4月 国立大学法人島根大学医学部附属病院長
2012年(平成24年)4月-2015年3月 島根大学学長
2015年(平成27年)4月 島根大学名誉教授、医学部特任教授、
2015年(平成27年)4月 耕雲堂小林病院名誉院長
2017年(平成29年)4月 耕雲堂小林病院理事長
資格
総合内科専門医、神経内科専門医、老年病専門医、脳卒中専門医、漢方専門医、人間ドック専門医、医学博士
その他
日本内科学会内科専門医会長、日本内科学会会頭、日本脳卒中学会会長、日本脳ドック学会会長・理事長、米国内科学会日本支部長などを歴任
常務理事
院長
小林 祥也
  略歴
2005年(平成17年)3月 東海大学医学部卒業
2005年(平成17年)4月 東海大学医学部附属病院 初期臨床研修
2007年(平成19年)4月 昭和大学医学部第二内科学教室 助教(員外)
2011年(平成23年)7月 国立がん研究センター東病院 研修生(国内留学)
2012年(平成24年)7月 昭和大学医学部第二内科学教室 助教(員外)
2013年(平成25年)4月 島根大学医学部第二内科入局
2013年(平成25)4月 出雲市立総合医療センター内科
2014年(平成26年)4月 島根大学医学部医科学専攻博士課程入学
2017年(平成29年)6月 耕雲堂 小林病院副院長
2018年(平成30年)3月 島根大学医学部医科学専攻博士課程卒業 医学博士
2018年(平成30年)6月 耕雲堂小林病院 常務理事 院長
資格
日本内科学会認定医、総合内科専門医、日本消化器病学会専門医
日本消化器内視鏡学会専門医、日本肝臓学会専門医、産業医、医学博士
理事 
院長代行
小林 香子
  略歴
1974年(昭和49年)鳥取大学医学部卒業
同年 鳥取大学医学部小児科入局
1974年(昭和50年)鳥取県立中央病院小児科勤務
1975年(昭和51年)横浜国際親善病院内科勤務
1980年(昭和55年)耕雲堂小林病院医長
1980年~1987年(昭和62年)今市小学校校医
1982年(昭和57年)~2017年 特別養護老人ホーム清流園嘱託医
2000年(平成12年)耕雲堂小林病院院長
2000年(平成12年)特別養護老人ホーム清流園理事
2014年(平成26年)耕雲堂小林病院理事長
2016年(平成28年)島根県医療審議会委員
2017年(平成29年)耕雲堂小林病院常務理事
2018年(平成30年)耕雲堂小林病院理事
非常勤医師 足立 経一 (消化器専門医・内視鏡専門医)
非常勤医師 長井  篤 (神経専門医・総合内科専門医)
非常勤医師 小黒 浩明 (神経専門医・総合内科専門医)
   
 


病院組織

理事長 小林祥泰(名誉院長)
病院長 小林祥也      院長代行 小林香子
事務長 小村秀夫          事務主任 妹尾佳奈子  事務4名
 
看護部長
小林英梨子    看護師長  錦織 洋子   主任 沖原智成  北村 由里   
看護師14名、准看護師10名、看護助手9名(パート含む)
薬剤室長 中村亮太薬剤師   非常勤薬剤師 長井嘉江
臨床検査室長 大草芳子臨床検査技師  日野紀子臨床検査技師
放射線検査室長 多久和豊放射線技師
入院相談連携担当 沖原智成、小林英梨子
栄養管理室長 長岡幹子管理栄養士   調理師、栄養士:日清食品に委託
顧問社会保険労務士 森岡隆行事務所
顧問税理士 藤中秀幸税理士事務所
セキュリティ管理 セコム山陰株式会社に委託
(全出入り口、2階と3階病棟、看護ステーションの防犯カメラも含む)
守衛、ビル管理 山陰ビルサービスに委託
エレベーター管理 日立ビルサービス株式会社
   


病院の歴史

 
1712年(正徳享保年間) 今市町本町で四絡付近にあった小林村から出た初代当主小林友仙が今市町本町で医業を開業し、現在に至るまで医業を継承。
1819年 5代当主小林文慶が紀州の華岡青洲の春林軒に入門、8年間の修行で塾頭まで務めて帰雲。麻沸散を用いた華岡流外科手術を実施。1853年、16代友庵も華岡青洲塾に入門。
明治から昭和にかけて8代当主小林仁哉(窪田の石崎医院から入婿)が現在の場所で医院を継承。町会議員として今市小学校移転に土地を提供するなどして尽力、又、細い小路であった現病院の前の高瀬川に通じる道路の拡張にも私財も投じて貢献。また和歌を愛し、耕雲と号して「有斐歌会」を興し、明治45年に歌誌「斐藻」を発刊したほどの数寄者であった。この頃に、蔵に秘蔵されていた頼山陽、菅茶山の書を見つけて「耕雲堂」に改名したと推測される。
1945年 慶応大学医学部卒業後6年間中国戦線に軍医として赴任していた10代当主小林文慶が帰国し、文慶の姉の増子(東京女子医専卒)が小林医院を戦時中も含め継続している間、島根県青年団長を組織し初代団長となる。
1948年 上京して慶応大学医学部病院で講師、内科総医局長として病院復興、慶應医学部新聞発刊等に活躍。
1953年 小林文慶が出雲に帰り小林医院を継承。慶應病院で共同開発した日本で2台目の胸部誘導付心電計を持ち帰り、最新型胃透視装置、胃内視鏡を導入し鳥取大学医学部第二内科の田中弘道講師を招き当時の先端医療を行った。数年後、病室も設置し有床診療所となった。
1965年 小林文慶が欧米の病院視察旅行に参加。
1970年 文慶の長年の夢であった「思いやりの心」を実現する欧米的な、病院らしくない明るく癒しのある4階建て病院(50床)を木次の福間設計士(6代友庵の妻の実家)と計画、松江土建株式会社に依頼し敷地内に新築。個室も多く、待合室の前には孔雀をはじめとする鳥小屋、二階や屋上には洋蘭が咲き乱れる温室と庭園を設け当時としては画期的な病院であった。文慶の妻の千枝子(今市の高橋医院11代高橋昌造長女、東京女子医専卒)が副院長就任。当時は珍しかった個室での先進的な2泊3日の人間ドックも休養も兼ねられるとあって人気であった。

病院開設の理念は、第一に病院の機能を持ちながら患者の真の相談相手としてホームドクターの機能を果すこと。第二には医学が益々細分化、専門化して到底一人の医師であらゆる部門のエキスパートにならないので、大学病院や研究所など各部門での優れた一流の専門家とパートタイムでオープンシステム式なネットワークを組み、最新最高の治療を受けられるようにすること。
第三には院長の眼が隅々にまで行き届いた暖かい人間愛のこもった看護が行なわれるようにすることであった。この理念は今も受け継がれている。

文慶には優れた画才があり学生時代に慶應病院で個展を開いたほどであり、多くの色紙等を残している。洋蘭を中心とした園芸等でも秀で洋蘭の会会長を務めた。田部長右衛門元島根県知事と共に茶道の細川三斉流の家元の出雲への誘致に貢献。三斉流九曜会初代会長を務めた。元知事の後のボーイスカウト島根連盟長も務めスカウト活動普及に尽力した。武見太郎日本医師会長時代に日本医師会理事も歴任。竹下登元総理の後援会きさらぎ会の会長も長年務めた。
1980年 小林祥泰が慶応大学医学部卒業後勤務していた北里大学病院から島根医科大学第3内科講師に赴任。大学勤務の傍ら、教授になった以降も文部科学大臣の兼業許可を得て無報酬で、島根大学病院長就任まで週2回、総合内科、神経内科外来を担当、病棟管理、経営にも参画し経営再建に貢献。妻の小林香子(元安来日立病院長の麦谷碧長女、鳥取大学医学部卒)も医長として勤務、今市小学校校医、特別養護老人ホーム清流園嘱託医等を兼務。
1985年 特定医療法人 耕雲堂小林病院に認定
2000年 医療制度改革により一般病院から医療療養型病院に移行。
施設基準に合わせて病院の大改装を行い、すべてを多床室(2人、4人部屋)に移行、食堂、リハビリ室を設置。文慶院長のゆとりある設計理念がこの移行を可能とした。
2000年 10代小林文慶院長の逝去により小林千枝子が理事長、小林香子が病院長に就任。
2013年 病院耐震工事施工
2014年 小林千枝子理事長の逝去により小林香子が理事長兼務。
2015年 病院外壁改装工事、トイレ等改修工事施工
2015年4月 小林祥泰が国立大学法人島根大学長を退任し、小林病院名誉院長、理事に就任
2017年4月 小林祥泰が小林病院理事長に就任(11代)
2017年6月 祥泰長男の小林祥也(12代)が出雲市立総合医療センターから小林病院副院長に就任。
2018年6月 一般医療法人 耕雲堂 小林病院に変更
  小林祥也が小林病院院長に就任
2018年6月1日更新


医療法人社団 耕雲堂 小林病院 

〒693-0001
島根県出雲市今市町510
TEL 0853-21-5230
FAX 0853-21-5139
Mail koba-hp@vega.ocn.ne.jp